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2007年8月16日 (木)

「ガラスの脳」

Photo_2  「ガラスの脳とはサイモン・ライト博士のことだね」
 「それは<生きている脳>でしょ」
 こんなツッコミができるのはおそらく相当古いSFファンである。
 そんなわけで「ガラスの脳」だが、「リング」の中田監督だから大きく期待したのだが、言われなければ今関あきよしが監督したのかと思うような内容にびっくりした。

 はっきりいってつまらない。
 漫画なら許されても実写の映画の場合、それなりのリアリティが欲しいものだが、それがこの映画には見事に欠けていて、ファンタジーの一言で片付けることができない程である。
 時代設定の昭和40年代って意味あるのか?
 別に現在の話でもいいんじゃないのか?
 「リング0」でもそうだが、昭和40年代というのは既にノスタルジーの域に入っているのか?
 自分はその時代には既に生きていたので、どうも時代表現が中途半端な感じがしてならない。
 百歩ゆずってそれはよしとしても、その時代を出す意味って何だろう?
 原作がその当時発表されているからという理由程度だったら勘弁してほしい。
 主人公の行動も子供の時代は許すとしても、高校生になってからの行動はやっぱり変だよ。
 と、言うよりあれじゃあ変態だし単なる夜這いにしかみえない。
 どっからみても犯罪だよ、犯罪。
 あそこまで彼をかきたてるものというのが表現されていないので観ていて違和感をず~っと感じる。
 例えば高校生なりのためらいとか気恥ずかしさとかそこら辺をうまく取り込んでくれるともっと説得力が出ると思うんだけどなあ。
 と、いうよりどうしてあの病院は赤の他人が簡単に出入りできるんだ?
 せめて鍵くらいかけておいてもいいと思うんだけどなあ。
 主人公に片思いしている同級生とかもう少しうまく使えば、眠っていた少女が病院の院長を好きなことを知った主人公のやるせなさというのがもっと表現できたはずなのに大変惜しい。
 全体的に主人公の彼女への想いというのが伝わってこないし、彼女が5日間だけしか時間がないのにもかかわらず、その5日間をどうすごしていくかという緊迫感や切なさみたいなものが全然出てこないし、あまりにもリアリティのない展開に観ていて居心地の悪いものを感じてしまうのだ。
 最後の結婚式も普通ならもう一悶着あってもよさそうだし、ここって本当はおそらく旦那がいないと思われる(実際はどうなんだろう?)名取裕子の母親のエピソードが出てきてもよさそうだし、ラストも白髪だけのあんな安直な老けさせ方はやめようぜ。
 登場人物も中途半端なんだよなあ。
 河合美智子とモロ師岡って必要ないじゃん。
 特に父親役のモロ師岡って本当はもっと重要な役じゃないのか?
 他の人はどう思うか知らないが、自分はこの映画は全く買えない。
 救いは上映時間が短いことかなあ。

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