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2006年12月19日 (火)

「カーテンコール」

Curtaincall01  昭和30年代に活躍した幕間芸人の話だと思って観にいったら、途中から在日朝鮮人の話になっていた。
 自分は昔は良かったみたいな話は嫌いで、よくそんなことをぬけぬけと語っている人がいるが、それだったら昔の生活のままでいればいいわけなのだけど、そういう場合は大抵は「自分にとって都合のいい時」でしかない。
 そして特に映画の中で映画が語られる時は映画全盛時代は良かったみたいな話をするわけだが、それは商売として儲かったからであって冷静に考えてみたら、出かけなくとも家で気楽に無料で観ることができるTVの方がいいに決まっている。
 それに劇場で観るにしても、ギュウギュウ詰めの立ち見よりも、今のシネコンの方がいいに決まっているし、だからこそ金を払うわけなのである。
 だけど時々勘違いした輩が多く、松竹の「虹をつかむ男」なんか正にその典型的なものだろう。
 そしてこの映画も幕間芸人を中心に映画を語っているところがあるのだが、映画に対しての愛情がまるで感じられない。
 それ以上に幕間芸人に対してまるで必要性を感じないのだ。
 いや、実際の話はわからないけど、映画と映画の間にあんなのが出てきたら、自分なんかかなり鬱陶しいと思う。
 確かにあの素人芸だったら儲からない映画館としては、一番最初にクビにするだろうなあ。
 いや、それ以前にあれで食っていこうという気になるのがよくわからん。
 映画は女性フリーライターが幕間芸人の記事を書くために取材をしているのだが、そのうちどういうわけかその幕間芸人が在日朝鮮人であることがわかり、離れ離れの父と娘を再会させるためにがんばるという脈絡のない話になっている。
 このフリーライターは写真雑誌で大物政治かと芸能人のスキャンダルを暴いたのだが、芸能人は自殺未遂を起こし、上から圧力がかかってコピー取りの仕事しかあてがわれない。
 とりあえずほとぼりがさめるまで(?)地方の出版社にいくことになる。
 そこで読者からの葉書から幕間芸人の取材をするのだが、最初の写真誌時代の話は全く必要性がない。
 このフリーライターが書いているのは地方のタウン誌で、幕間芸人の取材も単なる暇ネタでしかなく、何日もかけて取材をするようなものではないし、もし自分が編集長だったら、こんな奴は絶対に使わないのだが、この映画の編集長は「いい顔になってきたわ。とことんやりなさい」みたいなトホホなことを言っているのである。
 仕事の本筋からはずれても彼女が済州島まで取材にいく理由があればいいのだが、自分が観ている限りそんなものは感じられない。
 何しろ彼女のやっていることは親切の押し売りにしか見えないからだ。
 いや、もっといえば幕間芸人が在日朝鮮人である必要もなく、よくよく考えてみると、在日の話に持っていくための無理無理な展開でしかなく、チラシや予告編を見てもそのようなことは全く触れておらず、まあそれが狙いといえば狙いなのかもしれないが、少し騙されたような感じもする。
 いや、おそらく多くの人が「ニューシネマパラダイス」系の話なのかなと思って観ていると思うし、それなのに「お父さん、それって差別?」 とか「民団の組織の力って凄いんだぜ」とか言われたらちょっと居心地悪いと思う。
 いや、もちろん在日の話は入れてもらって一向にかまわないのだが、もう少しうまく取り込むことはできたと思うのだが、前半と後半がいきなり話が違うのもどうしたものか。
 あと、昭和30年代はモノクロの映像というのもベタすぎる演出だし、売店のおばちゃんが幕間芸人の話をするのはいいのだけど、いくらなんでも彼と恋人のキスシーンとか、仕事をクビになって家庭で荒れているシーンとかは彼女の目線じゃないだろ?
 最後の鶴田真由(B78-W56-H85)が幕間芸人である父親が映画館に来ている時に会いにいかず、後で済州島に会いにいくのも盛り上がりにかけるというか、まあ演出なんだろうけど効果的ではないよなあ。
 佐々部清監督の映画って「チルソクの夏」はまあまあ良かったのだけど、「半落ち」や「四日間の奇跡」は全然ダメで、「半落ち」はちょっといい話をいかにうまく見せるかがポイントなのに、登場人物が多すぎて散漫になって、ちょっといい話がどうでもいい話になっているし、「四日間のの奇跡」はあまりにも陳腐な演出と話展開で「四日間の鬼籍」状態。
 「半落ち」が日本アカデミーで賞をもらう理由がさっぱりわからない。(日本アカデミーだからと言われたらそれまでなのだけど)
 吉岡秀隆は、この2本の映画を観る限り半べそかいて叫んでいるイメージしかなかったのだが、「ALWAYS三丁目の夕日」を観たら演技が凄く達者であることがわかり、実は佐々部監督の演出がうまくないのではないかと思ってしまった。
 同じ昭和30年代の話でどうしても「ALWAYS三丁目の夕日」と比較してしまうのだけど、もう比べる以前の話なんだよなあ。

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