「虹の女神 Rainbow Song」
今でこそデジタルビデオカメラで撮影しノンリニアの編集ができるが、1980年代のほとんどの映画サークルは8ミリフィルムを使って映画製作をしていた。
しかし1980年代は既にカメラ、映写機その他の周辺機器は全て製造中止になっていた。
ビデオは発売されていたのだが、画質が悪く、またフレーム単位の編集ができなかった。
満足する編集をしようと思ったらとてつもなく高い費用が必要だった。
そして何よりもビデオの電気的なのっぺりした画質が致命的で、映画的な画質は8ミリフィルムしかなかった。
また8ミリフィルムは約3分で現像込みで2000円近くかかってしまう。
そのため、当時の映画青年はフィルム代のためにひたすらバイトに明け暮れたのである。
「虹の女神 Rainbow Song」は大学の映画サークルで一本の作品の演出に打ち込むヒロインと、ふとしたことから映画に主演することになった主人公の青春と、淡い恋心、卒業後の数奇な運命を描く青春ラブストーリー。
正直、話展開はすぐにわかってしまう。
ところが、この映画はおそらく、初のきちんとした映画サークルの青春映画だと思う。
青春映画に出てくるのは野球やサッカーなどスポーツ系が多く、文化系は少ない。
「スウィング・ガールズ」はジャズという音楽物であるが、映画の作りはスポ根だ。
確かに文化系は伝わりにくいのと当事者以外はよくわからないというのがあって、演劇や音楽はまだ動きがあるのでいいのだが、文芸とか漫画とかは難しいと思う。
そしてそれらの状況をあまりにも説明臭くしてもダメだし、中途半端だと知っている人は白けてしまう。
ところが、この映画は、最初から最後までわかる人にしかわからないマニアックな話を詰め込み、映画制作の流れはさり気ない日常の会話と、登場人物の活動の様子で見せてしまっているのだ。
それでいて、学生時代の牧歌的な反面将来の不安な様子であったり、男女の微妙な心理状態も描かれている。
正直、一般の人がこの映画をどう感じるかはわからないが、少なくとも昔8ミリ映画を作っていた人は涙なくしてみることはできない。
この映画で使用されているZC1000がシングルエイトの最高機種で、1980年代は完全製造中止されており中古で20万円以上した。
ピントがマット方式で合わせにくいというのがあるが、72コマのスロー撮影、巻き戻しが可能、レンズ交換が可能、ズームが速くできるというのがあり、当時の8ミリ愛好者の垂涎の機種だった。
結局、自分はZ800を使っていたが、ここぞという時はZC1000を持っている人に頼みにいくことになる。
カメラの機種を選ぶ時、フィルムをシングル8かスーパー8にするかの選択を迫られる。
これらはカートリッジが違うので相互互換がない。
これによりカメラも決まってしまうのだ。
この選択はVHSとβを選ぶ以上に重い話で、8ミリフィルムはコピーができないので、ビデオのような単純にダビングというわけにはいかないのである。
芸術派はスーパー8を選ぶ人が多く、特撮をやりたい人はやはりシングル8というのが定番だった。
ところが、色合いはスーパー8の方がいいわけで、わかる人はわかると思うが、色にこだわるならスーパー8を使用しキャノンの1014XL-Sで撮影をした方が良い。
ただスーパー8は巻き戻しができない。
1014XL-Sはスーパー8で唯一巻き戻しができるのだが、それはオーヴァーラップ程度で特撮合成できるようなものではない。
しかし、この映画を観て、シングル8にスーパー8のフィルムを詰め替えるという方法に目から鱗がこぼれた。
噂には聞いていたがこれを実際にやってしまうというのが驚きで、後で資料を調べたら岩井俊二は実際にそれで撮影していたらしい。
正に「コダクローム40とZC1000の夢の競演」である。
だからどうした?と言われそうだが、これは物凄いことなのである。
自分はこれが一番感動した。
また劇中に出てくるエディターやスプライサー(フィルムをつなぐテープを装填する機器)も懐かしく、編集した後に風呂に入るとスプライシングテープが湯船に浮いてしまうし、ズボンとか服についていたことを思い出させた。
ただ編集を素手でしているので人によっては違和感があるかもしれない。(自分は素手で編集してました、ゴメンナサイ)
また劇中で撮影される映画が同録なのには驚いた。
あれ位ならアフレコの方が早いと思うのは自分だけ?
また撮影風景も懐かしく、女優探しや女優交代なんかも当たり前、同級生が母親役や父親役をやったり、似合わない背広を着て刑事だとか、サングラスをはめてヤクザとかしてしまうわけで、やる気とテクニックが合わないのも学生映画の特徴か?
劇中映画が24コマで撮影されているにも感心!
自分らはもっぱら18コマだったけどなあ。
音は映写機で出しているところからマグネコーティングだと思うが、マグネコーティングは音幅がないので、パルス方式を使うかと思ったらそこまではやらなかったみたいだ。
時代設定が現在なので、もし今8ミリフィルムを使うならPCやビデオを使ってもっとうまくやれるのになあと思ったりした。
そして劇中映画「THE END OF THE WORLD」が映画の中で全編観ることができるのだが、これがいかにも学生の作ったトホホな感じで、これもまた懐かしい。
上映会に行くとこの手の映画が多く、こんな映画に夏休みをほとんど潰したりしてしまうわけで、まあこれも青春か?
このようにちょっと8ミリを知っていると、この映画は全く冷静さを持って観ることができない。
そこらへんを除くとこの映画はダメかというとそうではなく、先は読めてしまうが伏線の回収もうまく、説明臭いセリフはないが登場人物の気持ちは物凄く観ていて伝わるし、昨今のイメージ映像や文字でごまかすということはない。
それにタイトルに出てくる環水平アークという水平の虹や、1万円札の指輪、携帯電話の使い方や小道具の使い方がうまく、正直、この映画を観るまで環水平アークの存在を初めて知った。
監督は熊澤尚人。
実はこの人の「ニライカナイからの手紙」は感動させるオチために後付で話を作っているような感じで、あまり好きになれなかったのだが、この映画は大変良かったと思う。
ただ岩井俊二がプロデュースのせいか、この映画が岩井俊二が監督しましたと言われても「そうかも」と思えてしまうのが寂しいところ。
出演は市原隼人と上野樹里(B83-W61-H87)。
ここ最近、上野樹里の映画ばかり観ていて、「笑う大天使」があまりにも作品がクソだったので、彼女のイメージもあまりよくなかったのだが、この映画の彼女は映画サークルにいそうな女の子の雰囲気が出ていて良い。
卒業して就職したら少しきれいになっているというのがありそうでうまい。
上野の妹役で蒼井優(B82-W58-H82)が出演している。
ここ最近出すぎだろと思ったが、盲目の設定で全面的に出すぎてないのが良い。
だけど、登場するとやはり光るものがあると思う。
音楽は種ともこ(B77-W59-H82←1985年当時)。
彼女は「ガサラキ」の主題歌で一部マニアの間では有名だが、やはり80年代後半が一番勢いがあって、ANAスキーイメージソングは結構インパクトがあったと思う。
今回の映画の主題歌はハマりすぎて、聞くだけで泣けてくるものがある。
映画サークルもオタク臭いところもあるが、この映画は「電車男」のようなマンガチックなものではなく、本当の意味での文化系もしくはオタク系の青春を描いていると思う。
正直、この映画が「フラガール」のように当たるとは思えない。
だけど、かつての8ミリ映画制作をしていた人は絶対に観るべきである。
「ニューシネマパラダイス」が映画ファンの映画であるなら、この映画は8ミリ映画制作をしていた人達のための映画なのだ。
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