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2006年9月 7日 (木)

「スパイダーマン」

Img10381357283   アメコミのヒーローは変だ。
 正体を隠している割には異常なまでに派手な格好で登場する。
 漫画ではいいかもしれないが、実際にいたら絶対に変である。
 ところがそれらは子供が見るためのものと限定しているのかといえば、そうでもなく大人も真剣になって喜んでいる。
 そしてハリウッドは大金かけて映画化してしまうのだ。
 日本で本格的にウルトラマンや仮面ライダーを映画化の企画が出たらまずボツだろう。
 あくまでもお子様をターゲットに作るし、ヲタを除いて普通の大人はそんなもの観ないからだ。
 ところがアメリカは物凄い大金を投じて作ってしまう。
 しかし、普通に作ってたらかなり間抜けだ。
 確かに過去のアメコミの映画化はトホホな作品が多い。
 ところが「スーパーマン」や「バットマン」だと出演者もジーン・ハックマンやマーロン・ブランド、ジャック・ニコルソンなど大物俳優が出演している。
 日本だったら高倉健(すいません、他に該当者を思いつきません)が出ているのと同じようなものである。
 いくらなんでも建さんが「ウルトラマン」には出ないだろう。
 やっぱり国民性の違いだなと締めくくればそれで終わりである。
 ところがアメリカ映画はもっともらしく話を作ってしまうのだ。
 変なかっこうの必然性、またそれが許されてしまう世界観、それらを有無を言わせぬ特撮と演出で見せきってしまうのだ。
 例えば「スーパーマン」。
 昔のテレビの時はいつも窓から飛ぶシーンはバンクフィルムだったし、スーパーマン自身もそんなに凄い力を発揮していなかったと思う。
 しかし、映画はこれでもかというくらいの勢いがあった。
 何しろ出演者がマーロン・ブランドにジーン・ハックマンだ。
 音楽はジョン・ウィリアムスだし、特撮は当時CGがあまり発達していなかったとはいえかなり迫力があった。
 そして「バットマン」
 あの鼠色の全身スーツで身を包んだ間抜けなかっこうを知っていれば、ティム・バートンのバットマンは全身黒光りの鎧であることのかっこよさがわかるだろう。
 そして嘘臭い話をもっともらしく見せている。
 ジョーカーの顔が白くなっている必然性もきちんと説明されているし、舞台となるゴッサム・シティはバットマンがいつ出てきてもいいように夜ばかりだ。
 健全なスーパーマンと違い、心に問題ありのヒーローをうまく描いている。
 自分がアメコミの映画化の話を聞くと一番気にするのはヒーローの造形ともっともらしい話展開をどうやって作るかである。
 どうみても変なかっこうのアメコミのヒーローをいかにかっこよく昇華させてくれるかが最大のポイントである。
 果たしてスパイダーマンはどうか?
 アメリカ人はどう考えているか知らないが、アニメを観る限り自分にとってのスパイダーマンは滅茶苦茶かっこいいわけではない。
 ビルの谷間を糸を使って渡り歩くスパイダーマンだが、その背景に他のビルが描かれておらず青空が広がっているのには子供心に変だなと思っていた。
 ところがスパイダーマンの映画化の話が出ていて、監督がジェームズ・キャメロンという話が浮上してきた。
 ちょうどティム・バートンの「バットマン」や「ターミネーター2」の公開の後なので、むやみやたらと期待していたのだが、いつのまにかキャメロンの話は消えていて、監督はサム・ライミになっていた。
 映画は「GO」の窪塚洋介のような主人公のナレーションで始まる。
 前半はスパイダーマン誕生篇で、主人公のピーター・パーカーがいかにしてスパイダーマンになるかを描いている。
 幼い頃に両親を亡くして伯父夫婦と暮らしているピーター・パーカーは、大学の研究室を見学中、遺伝子操作したクモに咬まれてしまう。
 彼の体内に入り込んだクモの毒素は彼の遺伝子と融合し、超人的な体力と各種の超能力を身につけることになる。
 この能力を生かして素人飛び入りプロレスで賞金を稼ごうとしたが、興業主にだまされて賞金を取り損なう。これに怒った彼は、目の前で事務所に強盗が入ったのを見逃して腹いせをするのだが、逃げた強盗はピーターの伯父を射殺して車で逃走。
 自分が犯罪を見逃さなければ愛する人を失わなかったのに・・・…ピーターは犯罪と戦うスパイダーマンとなる決心をする。
 ここまではピーターがスパイダーマンになるまでのエピソードなのだが、アメコミの映画化にもかかわらず実は青春映画になっているのである。
 「バットマン」がアメコミを使って怪奇映画を作ったとしたら、「スパイダーマン」は青春映画を作っている。
 おそらく日本中探しても誰もいないと思うが、自分はピーターと伯父さんのエピソードは真剣泣けた。
 好きな女の子がいても伝わらないもどかしさや、大きな力を持っていてもうまく使い切れないむなしさ、そして自分のたった一つの過ちで大事なものを失う悲しさ・・・…それらが全て入っているのである。
 ニューヨークに行ってからピーターのスパイダーマンの活躍が始まるわけだが、どれだけがんばっても皆の信用を得ているわけでなく、新聞には悪者扱いされたりして虚しい限りである。
 一方では大好きな幼なじみの女の子も女優を目指してニューヨークに来ているものの、オーディションにも合格せずにアルバイト生活が続いている。
 やっぱり高校時代がうまくいっていてもその後が必ずしもうまくいくとは限らない。
 ちなみに演じているキルスティン・ダンストは雨の中で明らかに乳首がわかるサーヴィスカットありだ。
 後半はグリーンゴブリンという敵が出てくるのだが、実はこの怪人の正体がピーターの親友の父親であるという複雑な状況!
 そしてグリーンゴブリンもスパイダーマンの正体がピーターだと気づき、彼の身内を狙い始める。
 ここらへんはヤクザのよくやる手口とはいえ、自分でなく何の関係もない親しい人が狙われるのは辛い。
 グリーンゴブリンを演じるウィレム・デフォーが、一人二役をうまく演じきっている。
 007でもそうだが敵役が大物俳優でハマリ役だと映画が引き締まる。
 アメコミ=勧善懲悪というのは昔の話で、「スパイダーマン」は「バットマン」ほど暗くはないが、「スーパーマン」ほど明るくない。
 その間の微妙さをうまく描いている。
 基本が青春映画ではあるが、アクションも超一級で、特にスパイダーマンが糸を駆使してビルの谷間を駆け抜けるシーンは、昔のちまちましたアニメからは想像もつかない大迫力!
 事件が発生して、シャツの胸を開くと、スパイダーマンのスーツが見えるところとか、「スーパーマン」でもお馴染みのお約束とはいえ、変身シーンがあると嬉しい(原作にそんなシーンがあるかどうかは知らないが・・・…)
 最後の戦いで、グリーンゴブリンに一般人が一斉に石などをぶつけているシーンもスパイダーマンが皆に受け入れられたことをうまく見せていると思う。
 最後、ハリウッドでお馴染みヒーローとヒロインがチューして終わりかと思えば、そういうわけでもないのに新鮮なものを感じた。
 エンディングロールで昔懐かしのスパイダーマンの歌が聞けたのは感動!
 昔の作品にも敬意を払っているといういよりも、明らかにこの映画が(当たり前だが)スパイダーマンであることを認識させる。
 色々な個所で「スーパーマン」を思わせるところもあるが、自分的には大満足!
 日本映画の関係者の皆さん、「スパイダーマン」を参考にして「破裏拳ポリマー」を実写化して下さい。

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